高まる環境検査や保存試験のニーズ、
簡便・迅速法が有用性を発揮
~目的に応じて公定法と簡便・迅速法を併用、今後は自動化の推進も視野~
株式会社紀ノ國屋様
株式会社紀ノ國屋様の企業概要
【創業】1910年(明治43年)
【設立】1948年(昭和23年)
【事業内容】スーパーマーケット、食料品専門店の運営、食品製造、卸売販売
【所在地】東京都新宿区市谷砂土原町3丁目5番地 偕成ビル3階
【製造拠点】第一工場、第二工場、ミート工場(いずれも東京都三鷹市)
株式会社紀ノ國屋様は、関東圏を中心に展開するスーパーマーケット「紀ノ国屋」の店舗で、生鮮食品からグロサリー、ベーカリー、デザートに至るまで、オリジナリティあふれる多種多様な食品を提供している企業です。
その商品群は、どれも強いこだわりや洗練された高級感を漂わせながら、どこか家庭的な雰囲気も感じさせるものばかりで、競争の激しいスーパーマーケット業界の中でも“オンリーワン”の存在感を示しています。
同社は1910年(明治43年)に東京・青山で果物店として創業。1953年にセルフサービス方式という、当時としては画期的なスタイルのスーパーマーケット「紀ノ国屋」を開業しました。その後も50年代には日本におけるパン食普及に貢献することとなるインストアベーカリーを開設したり、60年代には日本で初めてフランスからナチュラルチーズを空輸したりするなど、様々な先進的な取り組みを推進してきました。
「食を豊かに、人生を豊かに」をモットーに、安全・安心かつ高品質な食品を届け続けている紀ノ国屋様ですが、その強固なブランド力を支える重要な要素の一つが、徹底した食品安全確保や衛生管理、品質管理への取り組みです。一方で、工場では「手作業が多い」「多品種の商品を展開している」「商品の改廃が多い」などの状況もあり、多角的な視点での衛生管理が求められています。
今回は、紀ノ国屋様の安全性確保・品質管理の取り組みについて、微生物検査を中心に品質保証室リーダーの小野裕美様に伺いました。
「KINOKUNIYA」のロゴでお馴染みのスーパーマーケットを展開。最近は百貨店内や駅ナカにも積極的に出店
ベーカリー専門店やカフェなど、新業態にも積極的に挑戦
3工場の微生物・アレルゲン検査を実施、特に保存試験の効率化は喫緊の課題
――はじめに品質保証室の役割や業務について教えてください。
小野氏 私が所属する品質保証室では、主に工場の衛生点検や微生物検査、アレルゲン検査、pH測定、水分活性などの理化学検査、表示作成などの役割を担っています。
工場は3ヶ所あり、第1工場では主にパンやカップデザート(プリン、ゼリーなど)、第2工場では弁当やお惣菜、サンドイッチ、焼き菓子(クッキーやパイなど)、ミート工場では精肉およびハム・ソーセージなどを製造しています。
3つの工場に対して、必ず月1回は立ち入り検査を行い、製品検査や環境検査(表面付着菌検査、落下菌検査)を実施するように検査計画を立てています。
――微生物検査は、どのような体制で実施していますか?
小野氏 微生物検査は、2名のパートナー(検査員)が8~17時の勤務時間で対応しています。
平均で1日40検体前後の微生物検査を実施しています。また、当社は商品の改廃が多いので、消費期限を決定するための微生物検査(保存試験)の検体数が多いです。多い月は20~30品目、年末などの繁忙期には70~80品目以上の保存検査が必要になることもあります。そのため、微生物検査の業務効率化は常に考えています。
自社3工場体制で和惣菜、デリ、ベーカリー、スイーツなど、幅広い種類の食品を製造。多種類の製品を取り扱うので、品質保証には特段の配慮を払っています
製品検査は公定法、環境検査は簡便法――
簡便法の導入で検体数は飛躍的に増加
――微生物検査に関して伺います。まずは製品の抜き取り検査の項目や検査法について教えてください。
小野氏 製品検査の項目は、工場の取り扱い品目によって異なりますが、例えばパンを製造する第1工場では、以前から一般生菌、大腸菌群、大腸菌、黄色ブドウ球菌の検査を実施していましたが、最近、新たにカビ・酵母の検査も追加したところです。弁当や惣菜を製造する第2工場では、一般生菌、大腸菌群、大腸菌、黄色ブドウ球菌のほか、セレウス菌の検査なども実施しています。
ミート工場では、一般生菌、大腸菌群、大腸菌、サルモネラ属菌、食肉を扱うのでリステリア属菌、クロストリジウム属菌の検査も始めたところです。これまでリステリア属菌が検出されたことはありませんが、「リステリア属菌は製造環境に広く存在する」と言われているので、ふき取り箇所などの検討も重ねながら、今後も検査を継続していく予定です。
こうした製品の微生物検査は、基本的には公定法に沿って実施しています。
――製造環境の拭き取り検査の項目や検査法についても教えてください。
小野氏 環境の検査は、基本的にはスタンプ培地(島津ダイアグノスティクスの「フードスタンプ」)を用いて、一般生菌、大腸菌群、黄色ブドウ球菌、カビ・酵母の検査を実施しています。スタンプ培地は培地調製が不要で、検査対象に押し付けるだけでよいので、非常に効率的です。当社の場合、検査員の人数や業務時間も限られているので、スタンプ培地を導入したことで、環境検査の効率や検体数は飛躍的に向上したと感じています。
スタンプ培地については、独自に導入前検証を行い、現在は「スタンプ培地で何かしらの問題を察知した時には、綿棒を使ったふき取り検査で再確認する」という流れを確立しています。
自主検査では簡便法を積極的に活用
保健所対応などを想定して公定法も継続
――製品検査(抜き取り検査)は寒天培地、環境検査(表面付着菌検査)はスタンプ培地を基本としているのですね。このような使い分けに至った経緯を教えてください。
小野氏 最近は、乾式簡易培地やスタンプ培地を用いた簡便・迅速な検査法も普及していますが、現時点で“微生物検査のゴールドスタンダード”といえば、やはり寒天培地を用いた公定法であることも事実です。
例えば、保健所の収去検査の結果で何らかの説明が求められた場合に備えて、品質保証部門としても公定法の結果を持っておく必要があります。そうした状況を想定すると、(簡便法の有用性は理解していますが)「公定法に沿った検査を実施しておく必要がある」というのが、現時点での当社の判断です。そのため、島津ダイアグノスティクスの粉末培地や顆粒培地(「アキュディア」シリーズなど)を利用して、寒天培地を自家調製しています。
一方で、環境の清浄度確認のための検査のように、必ずしも公定法にこだわる必要がない環境検査については簡便・迅速な代替法を基本としています。
――製品検査で簡便法を用いる場面としては、どのような状況がありますか?
小野氏 例えば、緊急を要する検査や、急ぎで多くの検査数を実施しなくてはならない場合に「コンパクトドライ」のような簡便法も併用しています。コンパクトドライは培地調製が不要で、検査をしたい時にすぐに使えるので、作業効率や結果の迅速性が必要な場面では、特に重宝しています。
製品検査の基本は公定法。島津ダイアグノスティクスの粉末培地や顆粒培地を利用して自家調製
HACCP制度化で増加する環境検査、簡便法のニーズは確実に高まる
――公定法(寒天培地)と簡便法(簡易培地)を併用するメリットは、どのような時に感じますか?
小野氏 公定法でなければ得られない情報もあります。例えば、簡易培地やスタンプ培地は培地表面に菌が発育します。簡便法と混釈法では、どうしてもコロニーの見え方(形や広がり方など)は違ってきます。簡便法の便利さや迅速さは理解していますが、混釈法でなければ得られない観察結果もあると思います。また、食材(マトリックス)と培地の関係の問題も、個々のケースで検討する必要があります。そのため、「すべての検査を簡便法に切り替えられるか?」と問われたら、そこは慎重な吟味が必要になると思いますね。
一方で、「もっと検体数を増やさないといけない」という危機感も持っています。3工場で月40検体程度というのは、現在の当社のアイテム数などを考えると、サンプル数としては不十分と感じています。今後、簡便法を用いる場面が増えることは間違いないと思います。また、製造環境によって最終商品の品質状態が変わってきますので、特に環境検査はとても重要であると考えています。
検査室ではオリジナルの検査マニュアルを活用して、検査技能の平準化を図っている。定期的に細菌検査精度管理サーベイ(島津ダイアグノスティクス社主催)にも参加して、検査員の手技を確認している
検査結果の活用=現場の衛生管理の改善
検査フローの自動化装置も検討中
――最後に今後の課題について伺います。
小野氏 先ほど申し上げた「検体数を増やしたい」という部分も関わってくるのですが、検体数を増やすことは「検査結果から工場の衛生管理状態の傾向(トレンド)を把握する」という取り組みにつながります。検査を実施する目的の一つは、工場の衛生管理状態の改善、製品の品質管理の改善につなげることです。そういう観点でも、検体数を増やすことは喫緊の課題であると感じています。
そのため、コンパクトドライのような簡便・迅速法への切り替えを進めることは有効な選択肢になると思います。加えて、検査業務の「自動化」についても関心を寄せているところです。「いかに検体を増やすか?」を考えると、自ずと「いかに検査業務の効率化・省力化を進めるか?」という課題に行き当たります。現在、そのためのソリューションとして、検体の前処理やコロニーカウントなどの自動化についても検討を進めているところです。