食品衛生検査セミナー講演録
SHIMADZUグループによる
今後の食品微生物検査への貢献

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2023年10月26日

株式会社島津製作所
分析計測事業部
ダイアグノスティクス統括部 四方正光 氏

SHIMADZUグループによる今後の食品微生物検査への貢献

はじめに~島津製作所の創業と現在~

島津製作所は1875年(明治8年)に初代・島津源蔵が創業、京都木屋町で教育用理化学器械の製造を開始しました。民間では日本初の有人軽気球の飛揚成功や、日本初の理化学機器カタログといわれる「理化器械目録表」を発行するなど、さまざまな革新的な事業に取り組んでいました。

1894年(明治27年)には初代・島津源蔵の息子である梅次郎(二代目・島津源蔵)が、事業拡大の基盤を築いていきます。二代目・島津源蔵は「日本の十大発明家」の一人として名を遺した人物で、医療用X線装置や蓄電池の開発などに携わりました。こうした創業時の挑戦的な姿勢は、現在の島津製作所にも受け継がれているように思います。

現在、当社は計測機器、医用機器、産業機器、航空機器などの開発・製造を主業務としています。開発やイノベーションを大切にしており、最近も日本国内に3つの新拠点を開設したところです(図1)。海外でも米国、中国、ドイツ、シンガポールにオープンイノベーションのための拠点を設けています。

日水製薬株式会社は昨年(2022年)11月にSHIMADZUグループの一員となり、2023年4月には島津ダイアグノスティクス株式会社へ社名を変更いたしました。今後は、われわれ島津製作所が持つ化学分析の技術や、島津ダイアグノスティクスが持つ微生物の検査技術など、それぞれの強みを生かしながら、グループ全体としてのシナジー効果を発揮していきたいと考えています。

今回の講演では、島津製作所が食品・環境の微生物検査の分野で提案している技術を紹介するとともに、今後、SHIMADZUグループとして食品微生物検査の分野でどのような貢献ができるかをお伝えします。また、当社における新型コロナウイルスの検出技術の開発に関して、その経緯や近況などもご紹介します。

図1 オープンイノベーションのための国内拠点

食品微生物検査の分野に向けた提案

1) 食品微生物検査の市場動向

調査会社(DATA BRIDGE社)のデータによると、世界の食品微生物検査の市場規模は2020年では15.7億ドルで、2029年には31.6億ドルまで成長すると見込まれています。

食品試料の食中毒菌検査では、一般的にまず増菌培養を行い、その後、選択増菌培養などを行うため、結果が得られるまでに3~7日かかる場合が多いです。一方で、遺伝子法(PCR法、qPCR法、LAMP法など)や免疫法(EIA法、ELISA法、イムノクロマト法など)であれば、そうした時間は大幅に短縮できます(図2)。さまざまな原理の検査法の開発が進んでいますが、どのような検査法にも長所があれば、短所もあります。ユーザーの多様なニーズにお応えできるよう、幅広い技術の開発に取り組んでいます。現在、当社では、特にPCR法や質量分析法(マススペクトロメトリー法)に注力していますが、これらは世界的に見ても市場の成長が見込まれている分野です。

本稿では、当社が注力している検査技術の一例として、「検体直接PCR技術」と「MALDI質量分析法」をご紹介します。

図2 検査に要する日数~検査技術の簡便化・迅速化への貢献~

2) 検体直接PCR技術「AmpdirectTM

一般的にPCR反応では、ある種の正電荷物質(タンパク質など)は鋳型となる核酸(DNA・RNA)に吸着し、ある種の負電荷物質(糖や色素など)は逆転写酵素やDNAポリメラーゼに吸着することで、PCR反応を阻害すると考えられています。Ampdirectはこれらの物質の吸着を抑制するので、PCR反応を阻害する物質を除去するために必要な、煩雑な精製工程が不要となり、生体試料から直接RT-PCRが可能となります。血液や口腔粘膜細胞など、多種多様な生体試料に適用されています(図3)。

食品微生物検査の分野での活用事例として、例えば検便検査では、簡単な前処理(糞便の加熱処理は不要)だけで、糞便中の病原微生物(腸管出血性大腸菌、サルモネラ属菌、赤痢菌、ノロウイルスなど)が検出できるため、受託検査機関では当社のキットが普及しており、遺伝子検査法が主流となりつつあります。その他の感染症の検査試薬の開発などでも応用されています。微量な検体でも検査できるので、眼疾患の分野では前房水中のヘルペスウイルスや梅毒トレポネーマ、トキソプラズマなどの検査にも、当社のキットが普及しています。

食品分野に提案している当社キットの一例として、「腸管系病原菌遺伝子検出キット Ver.4」は、検便から腸管出血性大腸菌・サルモネラ属菌・赤痢菌由来の遺伝子をマルチプレックスPCRと融解曲線解析で一度に検出できる試薬キットです。最近は検便50検体を1本のチューブにまとめて検査する手法が主流になっており、検査の時間やコストの大幅な削減に貢献しています。

また、Ampdirectをマイクロチップ電気泳動装置「MultiNA」と組み合わせることで、肉種鑑別などに用いるアプリケーションも提案しています(写真1)。MultiNAは、アガロースゲル電気泳動法と比べて分離能が高く、DNA・RNAの有無やサイズを簡便・迅速にチェックできます。Ampdirect を用いることで、肉片溶解液の上澄みからPCR法が可能となる(肉片からのDNAの抽出・精製が不要になる)ので、これらの併用により検査の手間や時間が大幅に削減できるようになります。

図3 検体直接PCR法「AmpdirectTM」技術の開発
写真1 電気泳動装置「MultiNA」

3) MALDI質量分析法

MALDI-TOFMSは、コロニーや培養液から採取した検体をサンプルプレートに塗布し、イオン化させるためのマトリックス溶液を添加するという簡単な作業を行った後、分析結果とリファレンスデータベースを照合することで菌種同定が可能となります(写真2)。

食品分野では、細菌やカビ、酵母などの菌種同定に利用されており、最近は微生物以外でもアプリケーションの開発が進んでいます。例えば、食用油に含まれる脂肪酸をグルーピングすることで、油種の分類や劣化分析が可能になるなど、品質管理向けの活用も進んでいます。

写真2 微生物同定システム「AXIMA」

4) グループ化によるシナジー

ここで、島津ダイアグノスティクスと島津製作所のグループ化によるシナジーについて、将来的な展望を少しお話しします。2021年からHACCP制度化の本格施行が始まり、微生物検査や各種理化学検査の重要性が高まっています。そうした中、島津ダイアグノスティクスでは、微生物検査やATPふき取り検査、食物アレルゲン検査など、HACCPに役立つ簡便・迅速な検査関連製品を取り扱っています(図4)。

食中毒発生時の原因究明など、食品や環境における効果的・効率的な検査体制を確立する必要があります。微生物検査の分野においては、島津ダイアグノスティクスが持つ培地などを活用した技術と、島津製作所が持つPCR法や質量分析法をベースとした技術を組み合わせることで、HACCPに関する検査はもちろん、食品安全に関する新しい課題に対しても有効な提案をしていきたいと考えています(図5)。新しい課題の一例として、最近はEscherichia albertiiastA保有大腸菌などへの注目が高まっています。こうした新興のハザードが現れた際にも、食品企業が柔軟かつ迅速に対応できるよう、今後も微生物検査の簡易・迅速化、自動化、省力化に寄与する技術の開発に努めていきたいと考えています。

図4 島津ダイアグノスティクスのHACCPに役立つ簡易検査製品
図5 グループ化による検査へのシナジー効果

COVID-19に対する取り組み

最後に、島津製作所が新型コロナウイルス検出試薬の開発に取り組んだ背景などについて、少しご紹介します。

2020年1月に中国で原因不明の肺炎が問題となり、厚生労働省が注意喚起を行いました。その後、国内でも感染例が報告され、感染者を乗せたクルーズ船が日本国内に入港したことで、大きな社会問題へと発展していきました。当時、政府としては「1日3,800人に対応できる検査体制」の構築を目標に掲げていましたが、実際には「RNA精製に時間がかかる」「精製試薬が入手困難」といった実情もあり、実際には対応可能な人数は1日1,000人にも満たない状況でした。

そうした状況下、当社としても、各国の検査法に関する情報収集や、検査試薬開発の予備検討などを開始し、2020年3月4日に検査試薬の開発に着手することを記者会見で発表しました。

記者発表後、約1ヶ月の開発期間の中で、基本設計(どの遺伝子領域を増やすか、感染研マニュアルに従うべきか、など)、実検体での性能検証、さらには原料や販路の確保などの検討に取り組みました。4月10日に「2019新型コロナウイルス検出試薬キット」(写真3)を上市しましたが、第1波となる感染拡大の時期と重なり、膨大な件数の問い合わせに追われる日々となりました。

通常の検査法では、検体を採取後、精製および反応液調製(2種類の遺伝子を対象に検査するので、2種類の反応液を調製)の後、RT-PCRを行います(検査時間は約1.5~2時間)。一方、当社が開発した「2019新型コロナウイルス検出試薬キット」では、RNA精製が不要で、2種類の遺伝子を1反応で検査できるので、反応液は1種類で済みます。そのため、簡便な操作で、約1時間で結果を得ることが可能となっています(図6)。当時、RNA精製の時間や手間に困っていた関係者からは「非常に助かる」と多くの感謝の声をいただきました。

検査キットの開発後、「日本の有事に際して、当社ができることはすべてやろう!」という気持ちで「COVID-19緊急対策プロジェクト」を立ち上げました。その成果として、約1年半の間に、さまざまな取り組みを実現しました。例えば、20年6月には島津テクノリサーチでの受託検査を開始(21年2月には環境中のコロナウイルスを検出する下水からの受託検査も開始)、9月には体外診断用医薬品(IVD)の取得、11月には全自動検査装置の上市、21年2月にはふき取り検査試薬の上市、3月には「新型コロナウイルス変異株(N501Y)検出試薬キット」の上市などを行っています。21年1月には試薬の海外輸出を開始、4月には当社の診療所や企業、大学などへのPCR検査の拡充支援なども開始しました。

こうしたさまざまな活動を速やかに展開できた背景として、当社の「社会課題の解決に際しては、トップの決断の下、グループ一丸となって臨む」という社風は影響していたと思います。今後も皆様がどのような課題を抱えているか、どのような要望があるかなど、現場の声を教えていただく中で、お役に立てる技術の開発に努めていく所存です。

写真3 2019新型コロナウイルス検出試薬キット
図6 新型コロナウイルス検出試薬キットは、従来法と比べて検査の簡便・迅速化に貢献